星の王子さまのばらの花
パキポディウム ホロンベンセ。
この呪文のような名前の多肉植物が、数年に渡る私の観葉植物ブームの火付け役だ。
空前の植物ブームが沸き起こり、多肉女子なんていう言葉が出始めていた頃。ミーハーな私はなんとなくその空気を感じてたのだろう、流行を認識しないまま、殺風景なオフィスのデスクに何か観葉植物でも置こうかな。という気をふと起こした。
虫が大嫌いだから土いじりなんて考えられないような人間なのに、観葉植物を置くのっておしゃれじゃん。と思い込んでしまったので、虫が付随することなんかに思い当たることもなく、とりあえず手に入れたいモードに入った。
仕事帰りや休日にふらっと花屋を覗いたりしてみたけど、ポトスやガジュマルなんかは見慣れすぎてて新鮮味に欠けるし、可愛らしいぷりぷりした多肉にはあまり惹かれないらしく、これだ!と思えるものはなかった。
「これだ!」になかなか出会えないのは日常茶飯事で、また一度決めたら最高のものに巡り会うまで探すのを辞めず、気の触れたようにそのことしか考えなくなるたちである。出会えないことがブースターとなって血眼になり、東京じゅうのめぼしい観葉植物ショップを検索しまくり、片っ端から訪ねて回ることにした。
いくつか店を回ったあとでCIBONEにもグリーンコーナーがあることを思い出し、そこで運命の植物に出会う。それが、パキポディウム ホロンベンセだった。
今まで見てきた、いわゆる“ふつうの”植物とは明らかに異質だった。光沢のあるグレーがかった木肌がまず珍しく、それに合わせるようにしてセメント製の鉢に植え込まれているのが素敵だった。ずんぐりとした幹からは等間隔にぷっくりとしたトゲが生え、頭が3股に分かれている。それぞれの頭の先から4、5枚ずつ飛び出した濃い緑の葉、その葉脈のフラクタルが美しい。リトルモンスター、とでも言うような、グロテスクとも取れる特異なフォルム。
今考えると狂気の沙汰だけど、パキポはオフィスの自分のデスクに置いていた。このモンスターちゃんが可愛くて仕方なく、オフィスでの心の潤いは爆増した。
しばらくしてお盆休みがあった。
お盆明けに出社してまず目に入ってきたのは、紙のようにシワシワになって小さくなったパキポの姿。心臓の音が一度大きく鳴り響き、一瞬後にぎゅううと縮んだような気がした。飛びつくように駆け寄り、その日は必死で対処法を検索した。腐っているなら胴体を切りおとさなければならないし、ひどい水切れなら水やりだけで回復するらしい。切る?この子を?カッターで、真っ二つに?。
初心者にいきなり試練が来てしまった。泣きそうになりながら自宅に持ち帰った。
ベランダに置き場所を変えて水をやったところ、1日で元にもどって拍子抜けしたのを覚えている。あんなにシワシワになって僕はもう死にますみたいな顔してたのに、水を飲んだら1日で元に戻るなんて。姿が特異なだけあって、生態も想像を超えてくる。
「これだ!」と思えないというのは「自分の想像を超えてくれない」とほぼ同義だ。自分でもどんなものかはわからないけど、私の想像では追いつけないくらい素敵なものがどこかにあるはずだ、と思うから血眼になって探す。
パキポディウムは想像を軽やかに超えていた。こんな植物が生きていて、どこかに自生しているなんて信じられない。この衝撃的な気持ちが楽しくて、生きるアートとして植物収集を始めるきっかけになった。
その後も謎に細根が全部枯れたり、他のパキポは元気なのにこの鉢だけ葉が焼けて縮れたり、初めてのカイガラムシとの格闘の舞台になったりと、なにかと心配をかけさせる手のかかる株だ。最初に手にいれる植物としては、ちょっと難易度高めのものを選んでしまった感は否めない。
調子を崩すたびに手探りで解決策を探し、結果、最初に植え込まれていたコンクリートの鉢が、壊滅的に育成に不向きなことを認めざるを得なかった。シルバーグレーの木肌に合わせたセメントポットが最高。インテリアグリーン。と思って惚れたのに、黒ポット鉢が育成に最も適しているから、気難しいこの人はそれに入ってもらっている。おしゃれもへったくれもない。しかもがんがんに日光を必要とするので、真冬以外は戸外育成だ。インテリアには向かない。
パキポディウム属は、マダガスカルや南アフリカに自生する塊根植物(コーデックス)の一種。多肉女子が好む可愛らしい植物ではもの足りず、グリーンショップで「セレクト、男前ですね」とか言われるようになる私は、マダガスカルの植物を深く愛するようになっていく。
ホロンベンセはパキポディウムの中でも恵比寿笑いやグラキリスみたいに人気の種ではなく、私の体感ではラメリーほど普及していない。という中途半端な立ち位置なのだけど、種の珍しさとは関係なく、植物が40鉢ほどに増えた今でも一番大切に思っている。(ちなみにホロンベンセだけでも3鉢に増えた。)
2013年からだから、もう7年は一緒にいる。夫よりも長い付き合いだ。この鉢を枯らしてしまったらすべての植物への情熱が消えてしまうだろうと、なぜかずっと確信している。この植物がいなくなった星には、帰る理由がないのだ。
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